フランスからグローバリゼーションとオルタナティブを考える新しいフランス学

Shuhei のフランス語読解:クンデラを読む(4)

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 Bonjour, bonsoir mes amis ! みなさん、お変わりありませんか。先の日曜に噴火した御嶽山のことはフランスのメディアでも大きく取り上げられていました。広島の土砂崩れに火山の噴火、そしてまたこの週明けには台風が接近する恐れがあるとの報道もあります。

そうした災害をきっかけに思い直してみると、本来この日本という国土は、大変自然条件の厳しい国であることにあらためて思い当たります。その厳しい環境を、高い技術と経済力によってかなり無理をして制御しながら、私たちはこうして世界に冠たる、効率的で便利で清潔な都市生活を享受しているのです。そうした自然に畏怖を抱きながらも共存する道を、私たちは今一度探り直さなければならないのかもしれません。

ときにフランス語で「日本」のことを l’archipel「 群島」と言い換えることがあります。ヨーロッパ大陸から見れば日本は海に浮かぶ島国なのです。そんな目で、時にはこの国土を見ることも必要気がします。

さて、思わず前置きが長くなりました。今回は Un jour, K. est invite’… から最後まで、以下のクンデラの文章を読んでしまいましょう。

bibliobs.nouvelobs.com/romans/20140603.OBS9277/j-aimerais-definir-la-beaute-de-kafka-mais-je-n-y-arriverai-jamais.html

 [注釈]
 *une petite enque^te le concernant : concerner > concernant 現在分詞でしたね。le は何を表す代名詞でしょうか。そう、K.その人ですね。
 *ne pas s’abaisser devant les juges : abaisserは低くすること。また代動名詞ですね。ここは判事の前で自らの身を低くすること、つまり「屈服」することです。
 *je n’y arriverai jamais : y はなにを表す中性代名詞でしょうか。arriver a` + inf. 不定詞で「…することに達する」つまり、何かをやり遂げることです。クンデラが全くできそうもないと言っているのは、そう。a` la de’finir つまり、カフカの小説の美しさを明確にすることです。

 [試訳]
ある日、次の日曜日郊外の館に出頭するよう(先方は名も明かさないまま電話で)促される。Kにかかわるちょっとした調査に立ち会えと言うのだ。そもそも無用に長引かせたくない審判を面倒なものにするのもいやなので、Kは命令に従うことに決める。つまり、出頭するのだ。正確な時間を指定されたわけでもないのに、Kは急ぐ。最初路面電車に乗ろうかとも考える。馬鹿に几帳面に時間に正確なところを見せて、判事に平身低頭に振る舞うのもいやなので、路面電車は止めにする。

けれども同時に、審判の成り行きを長引かせるのも本意ではない。それでKは走る(ドイツ語の原典では「走る laufen」という言葉が同じパラグラフに三度くり返されている)。彼は走る。自分の尊厳を守るために。けれど同時にまた、時間も定かでない呼び出しに遅れないために。

こんなふうにないまぜになった、重大さと軽さ、おかしみと悲しみ、意味と意味のなさが、Kの処刑まで物語全編に寄り添っている。そこから他に例を見ない奇妙な美しさが生まれる。できることならこうした美しさを明確にしてみたいのだが、と同時にそんなことはできそうもないことも、私にはわかっている。

城―カフカ・コレクション (白水uブックス)変身―カフカ・コレクション (白水uブックス)審判―カフカ・コレクション (白水uブックス)

いかがだったでしょうか。これを機にカフカの作品を手に取ってもらえたら、クンデラもきっと喜んでくれることでしよう。白水社のUブックスシリーズの版などがお薦めです。

さて次回からは、著名なフランスの哲学者アラン・バディユが語る恋愛談義を読むことにします。どうかお楽しみに。

Bonne lecture, mes amis !

投稿者:Shuhei

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