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バレエダンサー マニュエル・ルグリの新境地

この夏行われたダンスの公演がテレビ放映されるので、ちょっとご紹介を。2009年まで23年間パリ・オペラ座バレエ団でエトワールとして踊ってきたマニュエル・ルグリが、退団後久しぶりに舞台に立ちました。

マニュエル・ルグリが特別な存在となった理由をあえて二つ述べるとすれば、まず挙げたいのがその豊かな音楽性。バレエの世界では、芸を見せるためのビークルとして、私を表現するための素材として鳴っているだけという印象もある音楽。が、ルグリは音楽を大事にし、自分が感じた音楽の美しさを踊ってきました。

オーケストラが全力で鳴らす迫力ある響きからソロピアノの透明感のある音色、ゆっくりだったり激しく急展開する音の動きの変化などめまぐるしく変わる音楽の表情を受けとめコリオグラフィーの枠の中で表現してゆくことで、彼のダンサーとしての引き出しはとても豊かなものになりました。あらゆるテンポをこなす緩急自在な身体のアーティキュレーション、繊細な指先の動かし方から背中の表情、雄弁な腕の使い方、そして動きのない時でも音楽をたっぷりと湛える姿勢。

同じコリオグラフィーであっても、ルグリが踊るとなにかが違う。それは、観客が彼の踊りを通じてあらためて音楽と出会うからでしょう。おなじみの曲でさえ新鮮に響くのは、聞かせどころと呼応するかのように踊り、絶妙のタイミングで静止し、動きのない「余白」の部分でさえも音楽と一体化しているルグリのおかげなのです。

そして、パートナーと踊ることにこだわり、二人で踊ることに意識的なダンサーであること。女性ダンサーと組んでのコリオグラフィーは、どうしても華のある女性の方に目が向く構成になりがち。作品によってはアシスト役とわりきる男性ダンサーが多い中、ルグリは違う。相手からより美しい踊りを引き出す良きパートナーを務める一方、控えめな役回りであったとしても「私」を前に出してゆきます。立っているだけ、支えるだけであっても目線や表情で「踊って」いる。あくまで二人で踊ろうとする。

個性豊かで実力もある二人が同じ舞台の上に立ったとしてもそれだけでは何もはじまらない。つかの間であれ踊りを通じて二人が深くつながることで成立する美しい瞬間がある。だからこそ、パートナーと踊る間は特別な二人を演じよう―舞台上でのパートナーシップにこだわったルグリと女性ダンサーとのダンスは観客を魅了してきました。二人の間のつながりを感じさせた上で息を合わせ同じ動きをする快さ、身体を委ね絡みあわせるときの高揚感。ルグリの感じる音楽への思いとパートナーの音楽への感受性がびたりと重なったときの感興。そして双方が感情を開放するとき、濃密な世界が立ち上がります。

64年生まれ、既に50代に足を踏み入れたルグリですが、その身体は深化を続けています。肉体の若さ、ロマンティックな雰囲気はさすがに薄まりました。が、今の彼の身体には舞台に立つだけ、手を振り上げるだけで何かが動き出すような雄弁さがあります。コリオグラファーの想像を超えたことを身体が語り出すようなスリリングさも。高い跳躍や完璧な技量を要求するバレエのカテゴリーからは外れてゆくのかもしれません。が、解き放たれた彼の前には新しい表現の地平があるように思います。

バレエなんてと思っている人にこそ、ぜひ見て頂きたい。ジャンルを超えた開かれた身体がこんなふうに語りかけてくるものなのかという驚きとときめきを感じて頂きたい。この夏筆者が体験したように。

フランスを代表するコリオグラファー、ローラン・プティが二人のダンサーのために作った粋な作品を、ひとつ年上のかつての名パートナー、イザベル・ゲランと披露してくれるのも見物です。

NHK BS 10月16日(月)(10月15日(日)深夜)午前0時00分)
「ルグリ・ガラ 運命のバレエダンサー」

取りあえずルグリの踊りをまず見てみたい方にはこちらを。

名コリオグラファー、バランシンの手がけた「スクエア・ダンス」より。20代後半の頃。

全2幕のバレエ『シルヴィア』の再会と別れのパ・ド・ドゥ。今のバレエの創り手であるコリオグラファー、ジョン・ノイマイヤーが手がける流麗さとひっかかりが混在した「過剰」な振付をさらりとこなしつつ、振付を超えた次元での二人の想いのからみあいがひしひしと表現されます。傑出したダンサー、オーレリー・デュポンを相手に存分に踊る、身体の雄弁さが増した40代のルグリから溢れ出る繊細な感情に圧倒されます。

来日公演では踊られなかったローラン・プティの手による『アルルの女』最終場面のソロ。妄想に取り憑かれ死を選ぶ劇的な展開で、他のダンサーが踊りを半ば忘れ狂気を「演じ」ようとするところ、ルグリは終りに向け白熱化し突っ走るビゼーの音楽を狂気そのものに読みかえ、音楽に魂を乗っ取られてゆくように踊ってみせることで、追いつめられてゆくさまを表現しました。憑かれたように踊る激しさの中に、繊細な心情がほとばしります。



posted date: 2017/Oct/09 / category: 演劇・バレエ

GOYAAKOD=Get Off Your Ass And Knock On Doors.

大阪市内のオフィスで働く勤め人。アメリカの雑誌を読むのが趣味。
門外漢の気楽な立場から、フランスやフランス文化について見知った事、思うことなどをお届けします。

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