FrenchBloom.Net フランスをキーにグローバリゼーションとオルタナティブを考える

追悼ジョージ・マーティン:ビートルズとフランス

text by / category : 音楽

僕がフランス国歌を知ったのは、子供の頃、家で流れていたビートルズの「All You Need Is Love」のイントロによってだった。そのスコアを書いたジョージ・マーティン卿が、2016年3月8日に亡くなった。享年90歳。ビートルズのプロデューサーとして有名であり、それ以上に言うべきこともないように見える。多くの人が挙げる「In My Life」のピアノソロに代表されるように、とくに初期・中期までは、プレーヤーとしての貢献も大きかった。

Beatles コースター(単品) All You Need Is Love [Import]ビートルズは、イギリスで人気が出る前に、ハンブルグでブレークした。「I Wanna Hold Your Hand」と「She Loves You」のドイツ語ヴァージョン(「Komme, Gib Mir Deine Hand」「Sie Liebt Dich」)があるのは、ドイツのファンを取り込もうとしたレコード会社の戦略だったが、じつはこの2曲は、パリのパテ・マルコーニ・スタジオで録音されている。1964年1月29日のこと。気乗りしないビートルズのメンバーは、ジョルジュ・サンク・ホテルのスイートルームに立てこもり、なかなかスタジオに現れなかった。ジョージ・マーティンが彼らをホテルまで迎えに行き、叱りつけ、なんとか録音させたという(”The Complete Beatles Recording Sessions”の記述による)。

ポールの「Yesterday」をマーティンが初めて聞いたのも、このパリ滞在の際だった。当初はギター1本の弾き語りの予定だったが、マーティンが弦楽四重奏の楽譜を書き、作品は深みを増した。録音中、ポールは譜面に、”Yesterday, by Paul McCartney, John Lennon, by George Martin esq, & Mozart”と走り書きした。マーティンの向こうに、ポールは西洋音楽の歴史を垣間見ていたとも言える。

With the Beatlesジョンとポールは、1961年に二人でヒッチハイクして、スペイン行きを企てるが、うまくいかず、結局パリに滞在しただけに終わった。「僕たちはホテルから何マイルも歩いた。パリでは誰だってそうさ」とポールは後に語っている。このとき会った知人の髪型が気に入って、パリ左岸のホテルで同じように切ってもらったのが、初期ビートルズのトレードマークとなる、いわゆる「マッシュルーム・カット」だったのは、有名な話だ。実存主義者と呼ばれる若者が、サン・ジェルマン・デ・プレ界隈にたむろしていた時代である。ジョンとポールは、有名なジャン・ポールには会わなかったが、確実に同時代のパリの空気を吸って、リヴァプールに帰った。その余韻は、2枚目のアルバム『With The Beatles』ジャケットの黒いタートルネックに見られるだろう。

ビートルズの曲で唯一フランス語が出てくる「Michelle」は、このパリ旅行とは関係ない。1959年にポールが原型を作り、1965年にジョンが展開部を加筆して完成したものだ。もともとシャンソンのパロディーとして書かれており、遊びの要素が強い。

Michelle, ma belle,
Sont les mots qui vont très bien ensemble

恋人の名前と「美しいbelle」は韻を踏み、とてもよく似合っている、という他愛もない歌詞。アンニュイなギターソロのメロディーは、ジョージ・マーティンが作った、と本人が証言している。ポールはフランス公演の際には、曲紹介をフランス語で試みた。もっとも、1964年公演では、前座を務めたシルヴィ・ヴァルタンの人気に押され気味だったとも言われる。

Michelle

結局のところ、ビートルズが気にしていたのは、もっぱらアメリカだった。アメリカで受け入れられることは、アメリカ音楽に多大な影響を受けてきた彼らにとって、何よりも成功のしるしだったのだ。それでもなお、上に述べたように、フランスと無縁ではなかった。当然だ、隣の国なのだから。シャンゼリゼに向かって車を飛ばし、メンバーを説得したジョージ・マーティンも、パリで忘れがたい経験をした。それもいまや、歴史となったのである。

 


 



posted date: 2016/Mar/31 / category: 音楽

1975 年大阪生まれ。トゥールーズとパリへの留学を経て、現在は金沢在住。 ライター名が示すように、エヴァリー・ブラザーズをはじめとする60年代アメリカンポップスが、音楽体験の原点となっています。そして、やはりライター名が示すように、スヌーピーとウッドストックが好きで、現在刊行中の『ピーナッツ全集』を読み進めるのを楽しみにしています。文学・映画・美術・音楽全般に興味あり。左投げ左打ち。ポジションはレフト。

back to pagetop