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今月の1曲 ”La Nuit N’en Finit Plus” Petula Clark (1964)

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マリオン・コティヤール主演の話題の映画『サンドラの週末』で使われているこの曲を選んでみました。トレイラーで流れたのを初めて耳にしたのですが、フランスのポップスにしてはずいぶん輪郭がハッキリしていて、ガッツがあるけどちょっと甘酸っぱくて、こんな歌を歌うアイドルがいたんだ…とびっくりしたものです。気になって調べてみたら歌っていたのはあの『恋のダウンタウン』のぺトゥラ・クラークではないですか。さらに調べてみると、このイギリスを代表するシンガーが、お仕事のひとつとしてフランス語で歌ったのではないことがわかりました。ぺトゥラ・クラークにとってフランスとは、自分のレコードを買ってくれる人がいる、数多ある国の一つではなく、特別な国だったのです。

ぺトゥラとフランスの出会いは25才の頃。映画やテレビ・ラジオでも活躍するイギリスの国民的アイドルは、招かれてフランスのオランピア劇場で歌います。ステージで喝采をあびたもののフランスにはあこがれも期待もせずあくまでお仕事としてやってきたぺトゥラ、フランスのレコード会社と契約しないかと誘われますが体調の悪さも手伝って気が進みません。フランス語だってひとこともわからないのに…。

そんなとき目の前に現れたのがとってもいい感じの男性。運命を感じたぺトゥラはレコード会社の広報マンだった彼を指さして言います。「いいわ、契約しましょう。でもあの人と一緒に仕事をさせてもらえるなら、ね。」彼女をその気にさせた男性、クロード・ウルフとぺトゥラはその数年後に結婚、3人の子の母となるのです。フランスは、彼女の新しい人生のステージとなったのでした。

フランスは、歌手ぺトゥラ・クラークに新しい道へ歩ませてくれた場所でもありました。フランスにくる前、ぺトゥラは歌う事に喜びを感じられなくなっていました。9才から兵隊さんの前で歌い始め(ブロマイドは「お守り」になりました)、「イギリスのシャーリー・テンプル」と評判になり、言われるがままにマイクやカメラの前にたってきました。みんなが求めるのは、愛らしくて清純な女の子のイメージ。年を重ねても、大人の女性として見てもらえない。自分の時間など持つ事は許されず、学校へもろくに通えなかった。同じ年頃のみんなが当たり前に知っている事がわからない。走り続けてきた古参のエンターテイナーは、心も体も疲れていたのです。

Downtown: the Collectionそんなぺトゥラにとって、フランスはおどろくことばかりでした。まず歌手たちが、アーティストとして自分を殺さず誇りをもって振るまい、ファンにも支持されていること。たとえば、一緒にツアーをしたジャック・ブレル。ステージに立つ彼はまさに詩人であり、自分の中の激情を隠そうともしない。キンキラ安ぴかのドレスで笑顔をふりまくアイドルでいることを強いられてきたぺトゥラにとって、まさにカルチャー・ショックでした。また歌そのものも違いました。歌詞に深みがある。人生について掘り下げた内容の歌が人々に愛され、ピアフやシャルル・アズナブールといった実力のある大人の歌い手が心からの拍手をもらっている。私らしくいていいんだ、表現者として自分の心にひびく歌を自由に歌えばいいんだ…歌手ぺトゥラ・クラークの第2幕の幕開けでした。フランス語の歌でヒットがいくつも生まれ、ぺトゥラはフランスだけでなくベルギーでも親しまれる存在となります。

「わたしはフランスで大人になった」と公言してはばからないぺトゥラにとって、この”La Nuit N’en Finit Plus”は、フランスにいたからこそ巡り会えた歌だと言えます。元曲はジャッキー・デシャノンの”Needles and Pins”。アメリカ産のバブルガムポップとして世界中でヒットし、イギリスでもサーチャーズのカバーがチャートの上位に食い込みます。イギリスにいたら、このオリジナルで吹き込みヒットさせていたかもしれません。しかしぺトゥラは、全く違う歌詞のフランス語版を選びます。

彼女の選択には、歌詞の力があったのではないかと思います。オリジナルはよくある恋の嘆き節にすぎませんが、フランスのベテラン作詞家ジャック・プランテがぶつけてきたのは、「眠れる夜を過ごす孤独な魂の彷徨」でした。インパクトのある明るくキャッチーなメロディと、夜明けの光を見いだせずに苦しむ暗く乾いたリアルな情景。この対極的なふたつをひとつにしてどう表現するか−ぺトゥラの歌手魂がかき立てられたに違いありません。彼女の決断は正しかったと思います。吹き込みから何十年もたって、彼女のことを知らない世界中の映画館の観客の気持ちを震わせることができたのですから。

聴いてみたい方はこちらでどうぞ。

https://www.youtube.com/watch?v=qb-wQusuraY

『恋のダウンタウン』は、フランスでの生活が長くなり、本国でのキャリアを真摯に考えなくなっていたときに生まれた大ヒットでした。フランス語版ではオリジナルと違う歌詞を仕立てて歌っていますが、サビの部分はオリジナルと同じ語感の言葉(Dans Le Temps)があててあります。

https://www.youtube.com/watch?v=mtRo_GDsvKI

The Early Years
The Early Years

posted with amazlet at 15.06.29
Petula Clark
Big 3 (2015-07-31)


posted date: 2015/Jun/29 / category: 音楽
cyberbloom

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