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明日から公開!『新世紀 パリ・オペラ座』Show must go on!

text by / category : 映画

パリ・国立オペラ座。17世紀に設立されてから世界中の才能を招き寄せ、延々とオペラとバレエの公演を続けてきた。ロッシーニやヴェルディの名作、バレエの古典『ジゼル』や『ラ・シルフィード』を初演している。1875年開場の豪華絢爛なネオ・バロック形式の劇場、ガルニエ宮と1989年に建てられたオペラを主に上演するモダンな第2劇場オペラ・バスティーユで年間400回近く公演の幕を開け、のべ約8万人もの観客が押し寄せる。擁するバレエ団は世界でも屈指のバレエ団として有名。

以上がネットでさっくり調べた情報。が、取りこぼしているもののほうがずっと大きいのではないか。フランスの威信がかかった芸術の発信地であり、シーズン初日には大統領もやってくる内外国の要人が集う社交の場であり、300年もの歴史を背負いながらも新演出、新作を舞台にかけて攻める姿勢も失わない、数知れぬ人を巻き込んで生き続ける巨大な生きもののような組織。個人的にそんなイメージがあるが、それでもまだつかみどころがない。音楽・バレエに関心のある方には特別な存在、誰も名前ぐらいは知っている、けれど本当のことはよく知らない―そんなオペラ座を、ノーナレーションで追っかけたのがこの映画だ。

カメラが入り込んだ時期は、何事にも動じないように見えるオペラ座にとってもタフな時期だった。フランスの歴史にも、文化史にも名を刻んだシャルリー・エブド事件とパリ同時多発テロ事件が起こった。オペラ座の内部も大荒れだった。新たな一章の始まりと期待されたバレエ団の新芸術監督バンジャマン・ミルピエが一年半であっさり退任してしまったのだ(奇しくも就任時の華やぎと退団時の冷ややかな空気をカメラは捉えることになった)。職員のストライキ、開演間近の出演アーティストに絡むごたごた(実はどの大劇場も経験する災難)はまだ小さなトラブルのレベルだ。

身震いするオペラ座を内側から眺めるにあたり、視点を提供してくれる二人の人物が選ばれた。一人はオペラ座総裁ステファン・リスナー。一番偉い人である。どんなハイソでシックな人物かと思いきや、親しみやすい笑顔を振りまく恰幅のよいビジネスマン然としたおじさん。10代で小劇場を立ち上げたのを振り出しに裏方仕事から舞台監督まで幅広く経験を積み、パリ管弦楽団のマネジメントやシャトレ座などの有名劇場の運営、国際音楽フェスティバルの総監督と音楽・舞台の仕事にずっと携わってきた業界の大ベテランだ。2014年にオペラ座のポストを引き受ける前は、イタリアのミラノ・スカラ座を取り仕切っていたというというから、その手腕の程がうかがえる。

が、そんな辣腕をもってしてもさばききれないほど、やるべきことは押し寄せる。上演演目についての議論といった「本来の」お仕事から1000人を超える職員の処遇の問題、コアなファン以外の人々も呼び込めるようなチケットの値段設定といった今後の展望、おカネに絡む問題にも取り組まなければならない。観劇に来た大統領のお相手だって務める。大統領のボックス席のどこに座ればその夜の業務をこなす上でベストなのか、なんてことまで自分で考え、決めなければならない。

ここまで公にしてしまっていいいのかとびっくりするような言動もカメラは収めている。特にミルピエ退任までのやりとりはスリリングだ。(噂される退任の原因が見えてくるようなミルピエ本人のショットがちらりと出てきたのも興味深い。)将来を預けたアーティストの意向を最大限尊重したくもあるが、とにかく舞台の幕を開けなければならない。アーティストと一緒に立ち止まるわけにはいかない。難題を前にしたときのリスナーのしたたかさと行動力は見物だ。8階にある総裁の部屋の壁面はガラス張りになっていて、オペラ座前の風景が一望できる。まさに下界を睥睨する部屋なのだが、その場所に陣取る男の立場で眺めるオペラ座は人間くさくておもしろい。

もう一人は駆け出しのバリトン歌手、ミハイル・ティモシェンコ。ロシアはウラル地方の片隅から声を頼りにドイツへ留学(事実耳に残るいい声なんである)。将来のスターを育てる人材育成プログラムのオーディションに受かって、オペラ座へやってきた。ドイツ語はまあまあ、英語はナントカ、フランス語は大丈夫?というレベルの純朴そのものの黒髪の青年は、新参者としてオペラ上演の現場を歩き回る。カメラが捉える彼の視点から見た世界はわくわくすることばかり。(有名オペラ歌手の素顔だけでなく、オペラ上演の裏側もたっぷり見せてくれ、オペラファンにはお楽しみが多い。)尊敬するあの歌手が僕に声をかけてくれた、ファンではなく歌手の一人として!まだ20才そこそこ、舞い上がったり落ち込んだりと忙しいミーシャ君が成長してゆく姿もカメラは追う。借りものの上着を着ているようだった彼のフランス語の歌がどうなってゆくかは注目だ。

そしてこの映画は、さらにもう一つ視点からオペラ座を眺めている。オペラ座を支える裏方仕事への眼差しだ。細かいショットを積み重ねて紹介されるのは、併設のレストランの調理場のスタッフから舞台裏の人々のためのアナウンス係まで実に様々。衣装を洗う、アイロン掛けするといった数えきれないほどの細かい仕事があり、それだけをこなす人がいて、なんとか回っているのである。奇抜なオペラ演出のために特別に投入した「あるもの」を世話する人も登場する(何であるかは見てのお楽しみ)。どんな職場でもある対個人レベルでの細かい気配りやフォローが公演を支えているのがよくわかる。スマートフォンがスタッフの仕事を増大させているのも興味深い。時代とともに内容に多少の変化はあってもなくなりはしない舞台裏の細かな雑用を、人対人の細やかなやりとりでこなし続けてきたからこそ、オペラ座は生きながらえてきたのだ。

立場が違い、職場が違い、歩む道が違う。直接顔を合わせることすらないかもしれない。しかし、巨大な劇場のあちこちで働く人々が最終的に目指しているのはただ一つ。舞台の幕を開け、高揚した観客を送り出すこと。このベクトルが「巨体」を動かし続けてきたのだと実感する。2017年9月に今シーズンの幕は開いた。オペラ座はまた一年を生きながらえる。

 

「新世紀、パリ・オペラ座」

12月9日(土)Bunkamuraル・シネマほか全国順次ロードショー
(c) 2017 LFP-Les Films Pelleas – Bande a part Films – France 2 Cinema – Opera national de Paris – Orange Studio – RTS
配給:ギャガ 
公式HP:http://gaga.ne.jp/parisopera/



posted date: 2017/Dec/08 / category: 映画

GOYAAKOD=Get Off Your Ass And Knock On Doors.

大阪市内のオフィスで働く勤め人。アメリカの雑誌を読むのが趣味。
門外漢の気楽な立場から、フランスやフランス文化について見知った事、思うことなどをお届けします。

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