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クロード・ミレールを再発見しよう

text by / category : 映画

2010年はフランス映画界の重鎮エリック・ロメール、クロード・シャブロルの二人が鬼籍に入り、1984年に早逝したフランソワ・トリュフォーを含めて、ヌーヴェルヴァーグの主力メンバーのうち3人がこの世を去ってしまった。ヌーヴェルヴァーグが世に認知されてから50年以上の歳月が過ぎ、御年82歳のゴダールだけが奇蹟的に映画を撮り続けているものの、これらの映画作家たちが起こした運動は歴史の一部と化していることはもはや誰の目にも明らかであろう。

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そのような中、2012年はクロード・ミレール Claude Miller という優れた映画作家が世を去った。1942年生まれのミレールは、ブレッソンやゴダールの助監督を務めた後、長くトリュフォーの作品の制作主任を務め、ほとんど彼の後継者のような形で作品を撮り始めたといっても過言ではない。1976年、長編第一作『いちばんうまい歩き方』で監督としては遅いスタートを切ったミレールではあったが、デビューしたばかりのシャルロット・ゲンズブールを主演に据えた『なまいきシャルロット』(1985)、そして、まさにトリュフォーの遺稿を基に、再びシャルロットを使い、第二次世界大戦下のフランス社会をたくましく生きる少女を描いた『小さな泥棒』(1988)などを立て続けに撮ることによって、一躍人気監督の仲間入りを果たす。これらの作品を観れば、ミレールの瑞々しいばかりの映像感覚が堪能できるだろう。

だが、これらの作品を観ただけではミレールという映画作家の半分しか理解していないことになる。ミレールの映画世界は、実は人間の心の奥底に潜む暗闇に焦点を当てようとしていたように感じられる。例えば、次々と殺人を犯す謎の美女(イザベル・アジャーニ)を追跡しながら、彼女の犯罪を覆い隠そうとする男をミシェル・セローが演じる『死への逃避行』(1983)。そして、偶然出会った若い謎の美女(エマニュエル・セニエ)との情交を夢見続ける初老の男性(ジャン=ピエール・マリエル)の姿を描く『オディールの夏』(1994)。いずれも人間の裏面に迫ろうとする作品だが、この類のミレール作品の頂点に位置すると思われるのが、『厳重監視』(1981)という彼の長編第三作であろう(日本では劇場未公開)。

この作品ではミシェル・セローが町の名士を演じる。何の変哲もない平和なこの町で少女が暴行され殺されるという事件が発生する。セローに嫌疑がかかるが、誰がどう見ても彼が犯人とは思えない。しかしながら、リノ・ヴァンチェラ扮する刑事だけはセローの有罪を信じて疑わず、彼に対する尋問が延々と続けられる。次第に他の誰もが知ることのなかった、名士のもう一つの顔が明らかになる…。物語だけをなぞれば、これは単なるミステリーである。しかし、ここには人間の持つ不可思議さ、不可解さ、二重性に可能な限り迫ろうとするミレールという映画作家の真骨頂がある。たった一人の人間の尋問という主題だけで、これだけ緊張感のある作品を撮ることが出来るのは並大抵の才能とは思えない。

そのようなミレールであったが、残念ながら『オディールの夏』が商業的に惨敗したために、1990年代後半以降はかつてのような勢いがなくなってしまったように思われる。その後の作品は余り大きな話題になることもなかったが、2007年にセシル・ド・フランスを主演にした『秘密』ではモントリオール映画祭でグランプリを受賞し、久々の存在感を示した。再びミレールの時代が来るかと思われたが、それが最後の輝きとなってしまったのが実に残念である。ミレールの真価を見出すことが出来なかったのは批評家の責任でもあろう。彼はロマン・ポランスキーと同じぐらいの才能は間違いなく持っていたはずなのだが、批評がそれを支え切ることが出来なかった点が惜しまれる。

ミレールの最後の作品は今年のカンヌ映画祭のクロージングとして上映された『テレーズ・デスケルー』ということになる(フランス公開は2012年11月の予定)。フランソワ・モーリアックの有名な小説が原作だが、これもまた人間の不可解な内面に迫る作品であった(テレーズを演じるのがオドレイ・トトゥなので、日本でも公開されるかもしれない)。果たして、ミレールはそれをどのように映像化しているのだろうか。この作品も含めて、もういちどミレールの作品を見直してみよう。我々が見逃していたものがきっと何か発見されるに違いない。

不知火検校

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posted date: 2012/Aug/14 / category: 映画

普段はフランス詩と演劇を研究しているが、実は日本映画とアメリカ映画をこよなく愛する関東生まれの神戸人。
現在、みちのくで修行の旅を続行中

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