FrenchBloom.Net フランスをキーにグローバリゼーションとオルタナティブを考える

After a fuss….ディオールを巡るあれこれについての雑感②

ラフ・シモンズは、様々な個性が集うファッション業界でもひときわユニークな存在だ。まず、彼のバックグラウンドには将来を暗示、予感させるような要素が全くない。本人曰く「文化も何も全く何もない場所」のワーキングクラスの家に生まれ、森と農場と家畜に囲まれて育った。音楽だけが、唯一手に入る刺激だったという。大学で学んだのは工業デザイン。教育を受けられなかった両親の「学校で学んだことを活かして身を建ててほしい」という希望を受けてのことで、エッグスタンドなどモードとは縁のないものをデザインしていた。

ファッションと遭遇したのは20をとうに超えてから。ベルギー発の異才デザイナー集団アントワープ・シックスの一人で、悪目立ちする外見の持ち主、ウォルター・ヴァン・ベイレンドンクのアトリエにインターンとしてもぐりこんでからだ。(ベイレンドングのショーや、彼に連れられてパリで見たマルタン・マルジェラのコレクションを見て、ファッションデザインの道に進むことを決めたそうだ。)

シモンズは学校でファッションデザインを学んでいない。ベルギーには有名デザイナーを排出したアントワープ王立芸術学院があるが、ここで学ぶ機会をついぞ持たなかった。デザイナーとしての彼を造ったのは、この学校で学ぶ同年代の若者達とその周辺だった。クラブにたむろし世間とは違う美意識、物差しで自分なりのクールネスを無意識に体現するストリートの仲間達の姿に、遅れてやってきた素朴な若者は魅了される。自分を惹き付けてやまないこの何ものかに声を与えたい―ファッションデザインという方法でそれを試みたとき、ファッション・デザイナー ラフ・シモンズが誕生した。まさにゼロからのスタートだった。

また、シモンズは、他のデザイナーが創作の原点と公言する「女性の美への賞賛とあこがれ」とは距離を置いている。おしゃれに装う母や洋裁を仕事とする家族、人形遊び、ファッション雑誌といったありがちな要素が子供の頃になく、そうした感情が育まれなかったということもあるが、彼にとってファッションとは、人を飾りより美しく、カッコ良く見せることというより、もっとピュアで抽象的な美の探求のように思われる。独特なシェイプやスタイルは、自分が心惹かれる抽象的なイメージ、現象を形にした結果にすぎない―そんなストイックな挑戦が、はっとするほど新鮮な作品を生んできた。

人並みはずれてシャイで、繊細で、カメラが苦手。業界人との表面的なおつきあいはできるだけ避けるけれども、親しくなればとことん付き合う熱血ロマンチスト・・シモンズを知る人による彼の人物評だ。今でもストリートで知り合った仲間を大切にし、才能を見抜き、一緒に仕事をする(彼のマネージャーは、出会った頃はタトゥーまみれの普通の兄ちゃんでしかなかった)。そんな彼がアーティスティック・ディレクターとして素晴らしい仕事ができるように、彼を雇い入れたLVMHのトップ達にお願いしたい。どうぞ良い意味で気にかけ、守ってほしい。ガリアーノの悲劇は、回りに真剣に彼に向き合う人が回りにいなかったことにあると思う。

あの場の彼はどう控えめに見ても、己をコントロールする術を完全に失っていた。本来はとてもタフな人物で、ディオール時代には、父親の葬儀からとんぼ返りしてコレクションを無事終わらせることができたぐらいだ。そんな彼があられもない状態を曝したのは、アルコールやドラッグにすっかり呑み込まれていたからだと思う。(彼のしでかしたことについてはいろいろな見方はあると思うが、彼への裁きと並行して存在する事柄について触れておきたい。まず一つ。嫌ユダヤをはっきり口にする老リーダーを戴く極右政党「国民戦線」は、フランスで意外なほどの支持を得ている。そしてもう一つ。ユダヤ人の娘達が黄色い星をつけてパリの街を歩いていたあの頃に素面のココがしていたことについては、誰も何も言わないし、真相はこれからも闇の中に置かれたままだろう。)

7月にシモンズが発表したクチュールのコレクションは、過剰な飾りを排しピュアな女性の美しさを体現していて素晴らしかった。ディオールはまさに息を吹き返したと思う。カメレオンのように変わることをおそれていない、とシモンズは述べているそうだが、ムッシュ・ディオールの遺産であるデザインアーカイヴと柔らかなシモンズの感性が結びついて生み出される美の世界に期待したい。

上の動画は新生ディオールのクチュールのショーです。何人の有名人を見つけられました?最後の最後に本の一瞬登場したのがシモンズです。



posted date: 2012/Sep/12 / category: ファッション・モード

GOYAAKOD=Get Off Your Ass And Knock On Doors.

大阪市内のオフィスで働く勤め人。アメリカの雑誌を読むのが趣味。
門外漢の気楽な立場から、フランスやフランス文化について見知った事、思うことなどをお届けします。

back to pagetop